超常現象・UFO・常断研究所
オカルトとは、隠されたという意味が語源だそうす。永年の趣味と好奇心から超常現象やUFOなどの謎を推理してみました。 ■このBlogに掲載された写真や記事の無断転載、流用は禁止いたします。
<■常断研究所の超常現象に対する考え方>
この世界には100%の客観は存在しません。世間のだれもが「白」に近いと認める仮説が「客観」と呼ばれています。 「そんなことは有り得ない」と、なんでも頭ごなしに否定しないのが、科学的態度だと考えます。
誰もが平等に、私の仮説、あなたの仮説、相互に否定、強要せず、権威や極論を鵜呑みにせず、冷静な相対判断を心がけることが大切です。
(竹内薫/99.9%は仮説より)

■当Blogの内容は、小生の仮説・独断からの記事です、情報の真偽についても読者のご判断であり、責任を負うものではありません。
★全長1.6km/幅800mの巨大UFOがF16の見間違えだった?
ufo

★【ロサンゼルス20日共同】米南部テキサス州で「未確認飛行物体(UFO)を見た」という住民の目撃情報が相次いでいる。地元の米軍関係者は「旅客機のライトを見間違えたのでは」と否定的だが、UFOの写真や映像の提供者に報奨金を出すと名乗り出る男性も現れた。AP通信が20日までに伝えた。

 目撃談はこの数週間で、テキサス州ダラスの南西郊外のスティーブンビルなどの数十人から寄せられた。機械工のリッキー・ソレルズさんは、牧草地の上空約90メートル付近を平らな金属製の物体が飛んでいたと証言。別の男性は、目撃したUFOを長さ約1・6キロ、幅約800メートルと推定した。

 APなどが昨年実施した世論調査で14%がUFOを見たことがあると回答したほか、毎月約200件の目撃情報が報告されるなど、米国では一部に「UFO存在説」が根強い。

★ワシントン(CNN) 米テキサス州で今月初め、住民から「未確認飛行物体(UFO)を見た」との報告が相次いだことについて、米空軍予備役は23日、「夜間訓練飛行中の戦闘機とみられる」との声明を出した。空軍は当初、「目撃情報のあった時間帯に空軍機は飛んでいなかった」と発表していた。
UFO騒ぎがあったのは8日夜。中部スティーブンビル近郊で、夜空を横切る光が目撃された。「空軍機でないならUFOに違いない」と主張する住民も現れ、全米から注目を集めていた。
だが空軍予備役によると、目撃情報のあった午後6時から8時にかけ、同市近くの訓練空域で、F16戦闘機による訓練飛行が実施されていたことが判明したという。軍報道官は当初の発表について、「内部連絡の行き違いによるミス」と説明している。


★例によっての空軍公式発表ですが・・当初訓練飛行中の航空機はない!と言っておきながらやはり、あれはF16だった?などといまさら、稚拙な否定ですね。

☆以下ufo casebook・comでご確認ください。

★「何か未確認の物体か、目撃事実を調査中・・」ぐらいにしておけば良いのに。

ところで、ジュセリーノさんの本「続 未来からの警告」などに、UFOについての予言やコメントはないのでしょうか?知りたいところですね。
錯視のクオリア!
rotsnake

現在は「錯視のルネッサンス」だという。茂木健一郎と北岡明佳という立命館大学の知覚心理学の研究専門家の対談「茂木健一郎科学のクオリア/日経ビジネス文庫」を読んだ。
「錯視」という言葉そのものが小生には新鮮だったが、
同じ長さの線分の両端に内向きの羽根をつけると、それが短く見え、外向きにつけると長く見える、図形は以前から見たことがあった・・それは「ミュラー・リャー錯視」と呼ばれるものだったのですね。対談の要点は以下のようである。

なぜ?錯視が起こるのかというメカニズムは、脳の視覚における情報処理と深く関わっていて認知科学や心理学でも錯視についての研究家が多いそうですが、最近は古典的な誰でも知っているミュラー・リャー錯視からパソコンや動画を使用した、カラーやグラデの3D錯視まで新作が続々発表されている。
インパクトの強い錯視が何故起き、この錯視は何か人間に役にたっているのか?
現在でも錯視が神経系の特質としてどんな役にたっているのかはすっきり説明できないらしいが、役に立つ機能の予定外の副産物=アーティフェクトではないか、と言う説明が判りやすい
とされている。錯視は役に立つ脳機能によって間違って出てきてしまった現象というわけ。
北岡さんの錯視作品である上の「蛇の回転」も実際には動いていないものが動いてみえてしまうのだから、やはり役にたっていない・・・役に立つ情報処理をしている視覚が普段眼にしないものを見ると、つい、ボロをだしてしまう?。

錯視と美意識との関係では、ある図形を心理的になぜ「美しい」と感ずるのか?
「美しい」という主観的なクオリアは、美しい図形に錯視があったのか?錯視があったから美しいのか?よくわからない。錯視が発生すること自体が美しいのかもしれない。
人やアーティストは錯視の量が大きいほど美しい・・と思うのは何故か?実際の現象と認知の間に矛盾があることが美しいのか?
それは曼荼羅にも似た視覚領域だけではなく、瞑想的な部分もある。

図形を黒、濃い灰色から白、薄い灰色と塗りわけると黒から薄い灰色へ動いて見える、濃い灰色を青に、薄い灰色を黄色に変えると錯視量は最大になることもわかってきた。
まず、現象ありきの心理学だか聴覚など他の錯覚も含め、錯視もまだ行われていない研究領域がたくさんあり、現在は錯視のルネッサンスと言える。


★上記錯視図形は「北岡明佳の錯視のページ」のHPより参照させていただきました。

多くの視覚現象でもあり、写真やビデオ映像に捕らえられているUFOですが、この錯視領域や知覚心理学、脳科学からのアプローチ、分析も未知への解明への切り口に成るかもしれません。個人的には自分の脳が出してしまったボロ:アーティフェクトがUFOだったとは思いたくありませんし、そんなに単純な「枯れ尾花」ではないと確信していますが・・・「美」そのものが
最初から、意図的な錯視を纏ったもの?であれば・・という切り口はメタ:超レベルでの未知への真実を何か含んでいそうですね。

★皆さんも錯視の世界、北岡さんのHPや作品をご覧になってみてはいかがでしょう?



copyright © 2005 超常現象・UFO・常断研究所 all rights reserved.
Powered by FC2ブログ. | Template by Gpapa.