超常現象・UFO・常断研究所
オカルトとは、隠されたという意味が語源だそうす。永年の趣味と好奇心から超常現象やUFOなどの謎を推理してみました。 ■このBlogに掲載された写真や記事の無断転載、流用は禁止いたします。
<■常断研究所の超常現象に対する考え方>
この世界には100%の客観は存在しません。世間のだれもが「白」に近いと認める仮説が「客観」と呼ばれています。 「そんなことは有り得ない」と、なんでも頭ごなしに否定しないのが、科学的態度だと考えます。
誰もが平等に、私の仮説、あなたの仮説、相互に否定、強要せず、権威や極論を鵜呑みにせず、冷静な相対判断を心がけることが大切です。
(竹内薫/99.9%は仮説より)

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250年~1400年前のUFO?
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国際日本文化研究センターの『怪異・妖怪伝承データベース』によれば、今から250年ほど昔の江戸時代後期『折々草』に明和七年(1770)戌の刻、京の町で丸い火の玉が西の方角から飛び出し、北東をめざして飛び去った。それは月が白く照っているのにそれ以上に明るく、数々の目撃談の中で石川謀は、地上から十丈(30m)を飛びまるでそれは菅笠のように見えたと言う。また、『籠石』の話では三重県、桑名郡の多度山で光物と怪音があり一目連社の近くにきて停止した・・などの記録がある。南総里見八犬伝で有名な滝沢馬琴の「虚舟」の漂着?UFO?異人話はもう皆さんよくご存知だろう。
irukaoni
時代が更に古くなるが、平安末期の歴史書『扶桑略記』に収められている飛行物体?の話も奇妙でUFO記述ではないか・・と思われる。588年蘇我馬子が発願して造営した飛鳥寺(法興寺)の完成した596年、竣工供養会が行われた最中に不思議な形をした飛行物が現われた。それは蓮の華のような天蓋があり、音も無く東の空から現われ、しばらく寺の上空に止まっていたが、やがて怪光を発し形や色を変えながら、時には目も眩む光を放ち、供養会に参加した貴族や僧は仰天唖然と眺めるばかりだったが・・やがてそれは飛び去って往ったという。
また、蘇我入鹿が殺されて後、斎明天皇が見たという怪異も「扶桑略記」に同様な記載がみられる。「斉明元(655)年」、空中に竜に乗れる者あり。貌(かたち)唐人に似て、青き油笠を着て葛城嶺(かつらぎのたけ)より馳(はし)りて胆駒山(いこまのやま)に隠る。午時(うまのとき)に至るに及び、住吉の松の上より西を向いて馳(はし)り去る。時の人言う。蘇我豊浦大臣の霊なり」と。・上の竜の図。
いずれにしても、当時の記録だから身近なものに例えて表現、記録されたのだろうが・・現在のUFO
ではなかったのでしょうか?
UFOさんも長い間?、人類と”おつきあい”ご苦労様ですね、彼等?の時計は1日が我々の100年なのかもしれませんね、笑)
☆上記の一部は中江克己著「日本史怖くて不思議な出来事」からも引用しました。


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